どうも、ティッシュ管理官である。
警察に憧れていたアラフィフおじさんとして、今回はぜひ記録に残しておきたい風景がある。
それが「エロ本の自動販売機」である。
若い世代には、もはや都市伝説のように聞こえるかもしれない。
だが昔は確かにあった。道ばたに、ぽつんと。
妙に古びた箱のような顔をして、何食わぬ風で立っていた。
しかしその実態は、思春期の男たちにとって心拍数を一気に上げる禁断の装置だったのである。
今の時代、欲望はスマホの中にある。
指一本で済む。検索も一瞬、比較も簡単、撤退も早い。
だがエロ本の自動販売機には、そんな親切設計はない。
まず現地に行かねばならない。
そして現地に行くまでが、すでに精神修行なのである。
あれは買い物ではない。ほぼ潜入捜査である
エロ本の自動販売機に向かう時の男は、だいたい挙動がおかしい。
堂々と歩いているつもりでも、心はまったく堂々としていない。
「誰か見ていないか」
「近所の人に会わないか」
「同級生の親が通らないか」
「買った瞬間に軽トラが来ないか」
確認事項が多すぎる。
今ならブラウザの履歴を気にすれば済む。
だがあの頃は、現場へ行くことそのものがリスクだった。
つまり、欲望にたどり着く前にすでに試練がある。
なんとも不便で、なんとも青春である。
自販機が立っている場所が、だいたい妙に心細い
エロ本の自動販売機というものは、なぜか明るい商店街のど真ん中にはない。
たいてい少し外れた道、妙に寂しい場所、夜になると犬の声だけ響くような地点にある。
あれがまた絶妙なのである。
人通りが多すぎても困るが、少なすぎても逆に怖い。
うっすら暗い。
風が吹く。
遠くで国道の音がする。
自販機だけが白く光っている。
雰囲気だけならホラーである。
だが、そこへ吸い寄せられていくのが男の悲しい性である。
近づいた瞬間、なぜか急に冷静になる
いざ自販機の前に立つと、男は急に我に返る。
さっきまであれだけ見たかったはずなのに、目前にすると妙に冷静になる。
「本当に買うのか」
「これを持って帰るのか」
「このあと誰かに会ったらどうする」
「そもそも表紙の勢いほど中身は強いのか」
いろいろ考え始める。
あの時間は不思議である。
欲望のピークで来たはずなのに、自販機の前では急に人生会議が始まる。
冷静と興奮がせめぎ合う、実に男らしい無駄な葛藤である。
ラインナップが雑なのも、あの時代の味だった
今のようにAIがおすすめしてくれるわけでもない。
好みに最適化されるわけでもない。
そこに並んでいる数冊が、すべてである。
しかもタイトルが強い。
煽り文句も強い。
表紙のインパクトだけで勝負してくる。
こちらも情報が少ないから、ほぼジャケ買いである。
今思えば、あれは本選びというより博打だった。
当たりもある。
外れもある。
そして外れを引いた時のあの虚無。
大人になってからの投資判断にも通じるものがある。たぶんない。
小銭を入れる手が、妙に震える
エロ本の自動販売機最大の見せ場はここである。
金を入れる瞬間である。
ただ小銭を入れるだけなのに、なぜか緊張する。
音が響く。
ガチャン。
チャリン。
その機械音が、必要以上に大きく聞こえる。
「今、世界中にバレたのではないか」
そう思うほど心臓が鳴る。
別に犯罪ではない。
だが当人の精神状態は、かなり追い込まれている。
このへんの後ろめたさと覚悟の配合が、実に昭和である。
出てきた本をつかむ動きだけ、みんな異常に速い
これは本当にそうである。
ボタンを押した後の男は速い。
商品が落ちたと同時に回収する。
無駄がない。
もたつかない。
あの瞬間だけ妙にプロフェッショナルである。
普段そんなに機敏ではない人間でも、その時だけは別人のような動きを見せる。
たぶん人生で最も俊敏な数秒のひとつだったと思う。
人間は切羽詰まると強い。
問題は買った後である。夢より先に現実が来る
苦労して手に入れても、そこで終わりではない。
むしろそこからが現実である。
持ち帰らねばならない。
隠さねばならない。
家族に見つかってはならない。
道で知り合いに会ってもならない。
つまり、購入成功の喜びと同時に、証拠隠滅フェーズが始まる。
この切り替えの早さよ。
ロマンを味わう暇がない。
男の欲望には、いつの時代も後始末がついて回る。
ここに私は哀愁を感じるのである。
ときどき、買わずに帰る日もあった
ここが大事である。
エロ本の自動販売機の思い出は、購入成功だけではない。
行ったけど買えなかった夜も、同じくらい記憶に残る。
誰かが近くを通った。
車が止まった。
妙に気配を感じた。
あるいは単純に怖くなった。
その結果、何も買わずに帰る。
あの帰り道がまた切ない。
手ぶら。
なのに妙に疲れている。
何ひとつ成果はないのに、心だけ消耗している。
まるで空振りの張り込み帰りである。
ティッシュ管理官として言わせてもらえば、あれもまた立派な青春の敗北であった。
今思うと、あの不便さが記憶を濃くしていた
便利さだけで言えば、今の時代の圧勝である。
探すのも早い。
隠すのも楽。
選択肢も無限。
昔には戻れない。
だが、エロ本の自動販売機には今にはない濃さがあった。
行くまでの緊張。
買う瞬間の覚悟。
持ち帰る時の不安。
そして手に入れた時の、あの妙な達成感。
不便だった。
面倒だった。
少しみじめでもあった。
だが、その全部が混ざっていたからこそ、強く記憶に残る。
男の若い日の欲望というのは、たいてい少し情けなくて、少し必死で、だからこそ笑えるのである。
結論。エロ本の自動販売機は、男の哀愁そのものだった
ティッシュ管理官として断言する。
エロ本の自動販売機は、単なる販売機ではなかった。
あれは男の見栄、欲望、緊張、敗北感、そして小さな勇気が詰まった装置だった。
夜道の片隅で、誰にも褒められない任務に挑む若き男たち。
成功しても静か。
失敗しても静か。
そのくせ心の中だけはやたら騒がしい。
なんとも間抜けで、なんとも切ない。
だが、だからこそ愛おしい。
今の若者には、あの独特の空気はもうなかなか伝わらないかもしれない。
それでも私は思う。
エロ本の自動販売機の前で無駄に緊張した経験は、たぶん男を少しだけ大人にした。
たいした成長ではない。
本当にごくわずかである。
だが、ああいう情けない経験の積み重ねこそが、おじさんの味になるのだ。


